クアッツン!!(1クレジット追加の音)
それは今から20年くらい前のこと。
ぎりぎり補欠で大学に滑り込んだ僕は、勉学に身を入れるわけでもなく、さりとて青春を謳歌するというほどの思い出を作ることも無く、
コンパで酒を飲んでゲロを吐いたり、スクーターを買うためのアルバイトをしたり、
さして上手でも無いのにゲームセンターに通っては遊んでいた。
良く行くゲームセンターにはピンボールマシンが設置されていた。「マイアミバイス」とか「F-14トムキャット」、「ピンボット」
なんかだったと思う。ほかにも「ファイヤー!」とか「サイクロン(だったかな)」が入っていた。別の店には「ハイスピード」とか
「バンザイラン」もあったと思う。誰かが「ピンボット」
でフリッパーの間にあるピンにボールを偶然乗っけて安定させてしまったことは珍しくて今でも覚えている。
ピンボールの操作体系はとてもシンプルだ。ボールを打ち出すプランジャーとフリッパーを操作する2つのボタンだけ。
最低4方向か8方向のスティックと大抵2つ以上のボタンを使うビデオゲームと比べれば、操作する部分は少ない。
しかし実際は台を微妙に押す(揺らす)ことにより、ボールの軌道をある程度制御できる要素があり、やりこんだ人と初心者の差はかなり大きい。
台の押しすぎはセンサが感知し「TILT」という無常な表示(フリッパーが動かなくなる)を示すが。
最初は左右のフリッパーボタンを同時に押したり(これはド初心者しかやらない最初の禁則事項)しながらも、そんなことが段々わかってきて、
時々僕はピンボールで遊んでは暇を潰していた。
精妙なプランジャの力加減によるルート調整。微妙なタイミングでフリッパーを弾き、倍率を上げるループを通し、ホイールを回す。
ターゲットを倒し、レーンを駆け巡るボール。はねるバンパー、キャッチされマルチボールとなるギミック。そして、
ハイスコアを上げたプレイヤーはアルファベット3文字をその機械に刻みつける。設定された点数を上回った優れた
(またはゲーム終了後のナンバーマッチに成功した幸運な)プレイヤーに、1クレジットを追加するソレノイドの、
クアッツン!!とびっくりする程やたら大きな音が祝福してくれる。
結果としては他の上手な人に比べ初心者の域を出ない技量ではあったけど、僕も(調子がよければ)1クレジットを点数で追加することもあった。
ゲームセンターでピンボールをプレイする、いや、ゲームセンターでゲームをやる、という行為に「適当に暇を潰す」
という以外に何があるのか?という疑問を持つ人がいるかもしれない。
見返りもなく、投入したコインはただプレイの代償として消えていく。
上達するために投入した時間・金を考慮すれば「お前はアホか」と言われかねない。
FLIP-FLAPはピンボールを主軸とした珍しい漫画だ。
あえてジャンル分けすればラブコメなのか。
しかし、この漫画には、その「無意味な」行為になぜ本気で打ち込む人々が存在するかのヒントが隠されている、と思う。
かつてゲームセンターでピンボールをプレイしたことのある人々に読んで欲しい良作。
作者の「とよ田みのる」という人は何歳くらいなのか。少なくともゲームセンターにピンボールがおいてあった頃の世代には違いない。
ボールがロストするとき、ボールが「サイナラー」とか「ジャナー」とか「マタネー」とか言っているのが、「わかってるなあ」と思った。
本当にそう見えるんだよなあ、あの時って。
あの頃から数年が経った後、僕はなんとか就職して、ゲームセンターにも段々行かなくなった。そもそもゲームではないものや、
そうでなければあまりにも熟練者向け過ぎるビデオゲームしかなくなったためだ。
機械部品が多く維持が大変で収入の少ないピンボールは、姿を消しつつあった。
ある時、近所のボーリング場のパチンココーナー(ゲームコーナーではない)に、昔プレイした「ファイヤー!」が置いてあったのを見つけた。
メンテナンスをしばらく受けていないに違いないその筐体は、バンパーやいくつかのギミックがおかしかったが、
なんとか1クレジット分の点数を稼ぎ出し、あのうるさい音を久しぶりに聞いた。
そして、ナンバーマッチで再度1クレジットが追加されたとき、嬉しいけど寂しいような、なんだか不思議な気分になった。
今ではもうピンボールを遊ぶこともないが、そんな事に夢中になる時期があっても良いと思う。多分。